安曇野地球宿イベントブログ

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増田望三郎@安曇野地球宿です。

皆さんから安曇野ひかりプロジェクトに寄せられた「光のメッセージ」です。
合計30の「ひかり」です。



安曇野発!ひかりのメッセージ
『安曇野から被災地、そして日本のみなさんへ』
 

●赤羽孝夫 安曇野市穂高 会社員

今回の震災、また原発事故におきまして、被害にあわれた皆さまに心よりお見舞いもうしあげるとともに、犠牲になられた方々とご遺族の皆様に対し、深くお悔やみを申しあげます。

今、このときに『安曇野ひかりプロジェクト』として発信する安曇野のメンバーに感謝し、祝福があることをこころより祈ります。

ひかりのメッセージとのおはなしでしたが、自分自身の感じたことを記しました。

災害の映像を見て、またニュースの報道に釘づけになり、つらく不安な日々を過ごしたのは被災された皆さんだけでなく、日本中の人々が同じ気持ちだったのではないか思います。

そんな重い雰囲気のなか、3月13日に『玄牝』という自然分娩をテーマとした上映会のシーンで、生まれたばかりの赤ちゃんを子宮からお腹にお抱いて、口をついて出てくるのは、ただ、「ありがとう」というお母さんの言葉。

伝わってきたのは 言葉にできない心の響き。
超えている『悦び』。
生きるってこういうことって・・・・。
時期が時期だけに強烈でした。
あらためて『生きる』ことをみつめることになりました。

自分自身を振り返り、自分がまず出来ることを問うたとき、自分自身が元氣で在るということ!ポジティブになろうとするのでなく、ポジティブで在るということ。

震災や原発事故からくる見えない不安。
不安は心から来るものしかし、我々はもしかして、心のどこかでいつかはこんな事態が起こることもあると感じていたのではないでしょうか?

原発事故の政府の対応もあのような不満足なものになると、なんとなくは感じていたのではないでしょうか。もう、だれの責任とかの議論、争いはやめたい。国が責任をとることを期待しているのは誰でしょうか。

震災も原発事故も自分の生活と無関係ではありえない社会に、自分たちは生きている中で、望三郎さんのいうとおり、エネルギーも食糧も他(国)地域に依存を減らし、自分の暮らす地域において自給する社会への転換を実践する時なのだと思います。
そしてやはり原発は要らない。

結果、エネルギーがなければ使わなければいいじゃないですか。

食糧の自給率が20%代で、第三次産業の割合が5割を超えている日本という国に対して、不安を超えて『おかしい』と思わない現実がある。

右肩上がりの経済成長路線は既に無理があり、今は右肩下がりの時代で、不況なのではなく、過去のシステムを指導者たちが用いるならば好景気を期待するのがおかしいのではないでしょうか。

自分たち一人ひとりが低エネルギー、低消費で生活し、農とかかわり、自分の食べる物を出来る範囲で栽培し、植物に、土に、水に、地球に生かされていることを実感すれば、やがて明るい社会はやってくるのでしょう。

日本にとって今は悲しみと不安の段階であったとしても、なるべくしてなったことを受け入れることにより自分自身が安らかとなり、そして自分にとって更には他の方々にとって輝く存在になると強く確信します。

楽観的に物事をとらえられるようになること、建設的になること、そして安らかでいられることは、苦しんでいるかもしれない人々に援助を差しのべることを許容し、この国が少しずつでも良くなっていくことの大きな力となるとおもいます。

世界からみれば、日本人は非常に恵まれている存在であり、何度でも立ち直ることを信じています。


●瀬山宏子 安曇野市三郷

みんなの思いがつながり始める

つながると安心感が生まれる

安心感に包まれると笑顔になれる

笑顔になると元気が出る

元気が出ると、希望が湧く

希望が湧くと、明るい未来を描ける

明るい未来はみんなを幸せにする

そして幸せの光がどんどん放たれていく

きっと、その時が来る


●中武ひでみつ 安曇野市三郷 イラストレーター

一人一人が今の自分に出来ることを、その一歩が何かを変える力になることを信じています。


●麻紀 会社員(食品会社)

辛い
苦しい
悲しい
・・・どれほどの心の痛みを感じたことでしょう。

空を見上げましょう!!
上も向きましょう!!

人のココロはとっても不思議。

上を向くとココロも上を向くんです。
ほら・・少し温かくなった

皆がいます!
皆に頼ってください!
一緒に生きていきましょう!!


●清水靖彦 池田町 介護士&うたいびと

今、自分に出来ること。

考え、それを行動していきます。

今が繋がり未来になるから。

今を精一杯生きていきます。

共に生きていきましょう。

ひとりじゃない。

仲間がいます。

みんながひとつに。

この安曇野から心を込めて


●矢島恵子 安曇野市三郷 ママ

出会って
笑って
ホッとしよ(^o^)


●アミ 安曇野市三郷 ヨーガセラピスト

☆「無限の光はひとりひとりの中にあることを自覚する」☆
ひとりひとりがお日様のような笑顔を放ち、大地をしっかりと踏みしめ、自然とともに生き、闇を照らし愛、光の道を手と手を取り合って共に生きていこう!
聖地は今、自分の足もとにあるところ。精一杯今という瞬間を感謝して・・・光在り。


●依田いづみ 上田市

あなたは今、幸せですか?
こころの底から溢れ出す喜びを、感じていますか?

地震が起きてからというもの、本当は誰の中にも存在する宝石の輝きが、失われてしまったと感じている人もいるかもしれません。恐怖という絶望に、こころを奪われてしまったと感じている人もいるかもしれません。

だけど、その輝きは、いくらでも何度でも取り戻すことができると信じています。日本にいるみなさんひとりひとりの勇気、希望、笑顔が、これからの明るい日本を、そして世界を創っていくのだと、信じています。

だからこそ私自身も、日々を明るく前向きに生き、輝ける未来を目指し、みんなが安心して幸せに暮らしていけるような世の中になってくれるよう、祈っています。

そして、祈りと共にそれをかたちにしていけるよう、努力していきます。この美しき母なる地球に生まれ、日々生かされているということに感謝しながら、そして太陽、水、土、風、あらゆる自然の恩恵に感謝しながら、この国の素晴らしさをかみしめていけるよう、少しでも貢献できればいいなと思います。

ひとりひとりの想いが、明日を創り、未来を創っていく。
どんな時も無限の光をこの胸に、一緒に歩んでいきましょう。
日本を、みんなの力でもっともっといい国にしていきましょう。
大丈夫、日本は絶対に元気になります!


●石田修一 豊科 医師

あえてがんばろうとは言いません。地道に、できることを繰り返す。
おたがい、やっていきましょう。わたしたちができることは、何ですか。


●岩村和俊 三郷 ビワキュー師

この地から 皆で手をつなぎ・心一つに 光を送り続けます。


●松村暁生 三郷 おぐらやま農場

信州・安曇野にも、春の陽気がやってきました。北アルプスの山々はまだ雪をかぶっていますが、野山はだんだんと緑に色づき始め、果樹園の下草にも春の野草たちが何種類も育ち始めています。

今年は寒さきびしい冬でしたから幾分遅れてはいますが、桃やりんごの蕾も膨らみ、もうすぐ花の季節がやってきます。それが自然の摂理ではあるのでしょうが、今年はことさらそんな当たり前のような春の訪れが、何にも替えがたい大切なことのように感じるのです。

こんなに美しい場所を、美しいままで、そしてもっと自然豊かな環境を私たちの子々孫々まで末永く遺して行かなくちゃいけない。放射能や化学物質に汚されない野山を守りたい。きっと僕たちが手掛ける「農業」という仕事を通してもそれが問われているのだと思います。

おぐらやま農場の農産物と、それを生み出す農場の環境と、そこに暮らす人とのつながりと、いろんな側面において皆さんの元気や笑顔につながる仕事ができればと思っています。

東日本大震災と大津波と原発事故で日本中に悲しみや不安がいっぱいになっている、こんな時だからこそ原点に立ち返って、私たちが農場という場で農業という仕事を通して、役に立てることがあると信じています。どんなことでも気軽に声をかけてください。


●矢島威夫 三重県 農業

今回のことは、東北、日本、世界にも影響のある、ことだと思います。
一人の人として東北、日本の復興の一役をやっていきたいと思っています。

報道や耳に入ってくる情報から、多くの人々の思いを感じ「日本は変わる」とも感じています。 復興に向けては、現地でやれること、今自分がいる所でやれること、、、あると思います。僕もやれることを、やっていくつもりです。

僕の身近の人たちも数人現地で動いています。僕は明日、食料を持って釜石方面に行ってきます。

住んでいる場所は違っても、思いは同じだと思います。今やっていることを、心からやっていくことも「東北支援」に繋がると思います。

共にやりましょう


●うえやま ちひろ 共同作業所支援員

大きな震災で津波で原発事故で、あたりまえの生活があたりまえに送られなくなった方々に、自分は何ができるのかよくわからないまま、ひと月以上がたちました。
現地の方々や、遠くに避難されやはり不自由な暮らしをされている方々のことを考えはするけれど、目先の忙しさにかまけて、何か行動を起こすことができないままでした。

私は高校生の時に、阪神大震災で尼崎で被災した祖父を亡くしました。
兵庫県で生まれ育った私は、その後もずっと震災から復興する阪神地域の様子を身近に感じながら、暮らしてきました。
16年たった今でも、神戸を中心とする現地では震災の傷は癒えずに、家や家族を失い単身で新しく海岸沿いに建てられた団地にくらし、孤独に悩むお年寄りがたくさんいることに悲しみを感じていました。忘れられていくことがこわいと一人のおじいさんは言っていました。

まずは、現地に行くことができなくても、震災が起きてその地で暮らす方々がいる以上そのことを忘れてはいけないと思います。

人は時間がたてば、どんなことでも簡単に忘れてしまいます。特に自身の身近にそれを感じられないなら、なおさらです。
でも、起きたことを忘れないことは誰にでもできる、遠くにいるからこそできる復興支援につながることと思います。

忘れないことと前を向いて生きることは、一見正反対に感じますが、失ったものが大きければ大きいほどそのふたつは大きな力になります。
被害のあった方々を思い支援し続けるために、今回の震災を忘れずに、現地のことを新聞などで情報を得て想像して、自分の生活の中から何ができるかを考え、行動を続けたいと思います。節電や現地の農作物を買うとか募金し続けるとか、ささいなことでも、やはり続けることが一番大切。

同時に、自分が今生きていることに感謝して、生活をいのちを大切にしていくことも改めて考えました。私は今はたまたま安曇野というすばらしい場所に住むことになったけれど、いつどんなことが起こって、この生活ができなくなるかは誰にもわからないことです。

今回東北を中心に(長野県北部でも)起こった大変な事態は、やはり他人ごとではなく、自分自身のことに引き寄せてみないといけないです。

とりとめがないことを書きましたが、今回のぼうさんたちからの「ひかりプロジェクト」の呼びかけメッセージで、わたしたちひとりひとりが被災地を日本を照らす光になれるのだということに、「そうか、なれるんだ!なってみよう!」と背中を押されてよかったです。

たくさんの「ひかり」が安曇野から、日本の各地から、世界中から集まって、長く被災地を照らし続ける力になりますように。
ありがとうございました。


●かすけ 長野市・ママ

被災されたみなさまには心よりご冥福をお祈りします。

今回の震災でたくさんのことを教えてもらえました。
今まで当たり前だと思ってきたことがそれはたくさんの想いや努力が積み重ねて作り上げられてきたものだということ。 水も電気もガスもみんな有限だということ…。

そして、みんな単独で存在しているのではなく、つながっている。

これからが大切ですね。
日本が変わるとき。
原点回帰していくとき。
今まで見えていなかったことが見えてきた今だからこそできることがたくさんあるはず。

今まで以上に毎日に感謝して生きていきたい。ありがとうございます。


●鎌崎絵里奈(三郷小倉のママ)

生きよう 明日には笑えるように


●松村輝美 おぐらやま農場

日本中のみなさんこんにちは。
信州安曇野おぐらやま農場の松村てるちゃんです。

こんなときだから、絆を深めていきましょー。
こんなときだから、明るい未来をみんなで話し合いましょー。
こんなときだから、愛を届けましょー。
こんなときだから、元気になる言葉で世界を満たしましょー。

今の続きの連続が未来。

今が変われば未来が変わる。

だから今日一日をていねいに、心を込めて過ごそう。
自分のやれることを精一杯やろう。

私たちの大好きな安曇野を、日本を、地球をいつまでも素晴らしく、そしてさらに素晴らしく子供たちに贈りたいです。

読んでくれてありがとうございます。感謝で~す^^

P.S.これを機会に田舎暮らしを体験してみたい方、
農業をやってみたい方は、うちの農場で受け入れもしています。
一緒にりんごや野菜を育ててみませんか?

自給自足の生活スタイルはいいものですよ♪

☆:*・.☆.。.:*,・:*・∵.☆:*・∵.゜ .☆
毎日元気に畑へでています。
今日も素敵な1日を!!
   おぐらやま農場 松村暁生・輝美
.☆:*・.☆.。.:*・:*・∵.☆:*・∵.゜ .☆
*おぐらやまハッピーブログで今日もハッピー!!f
http://tsuiteruogurayama.blog81.fc2.com/

*今日もあなたに、たくさんの良き事が起こりますように!!
  いつもありがとうございます!!


●増田望三郎 安曇野市三郷 安曇野地球宿

天の神さまはなぜ、このような試練を僕たちに与えるんだろう?

僕たちはこれから何を学べるんだろう?何を糧にできるんだろう?

今はまだよくわからないけど、

毎日踏ん張って一生懸命生きている被災地の方、

不安を感じながら生きている首都圏の方、

そしてその痛みを感じて生きている僕たち。

きっとこの出来事が転換点だった。

そう言えるように、本当に望む人生を自分の中に見出し、

本当に望む暮らしをやれるようになり、

本当に望む社会を子どもたちに残していきます。


●務台俊介 自民党長野県第二選挙区支部長 神奈川大学教授

「大震災からの復興は全国民で分かち合う試練」

 東京都千代田区有楽町の宝くじ売り場の近くで、地下鉄銀座線の入り口のすぐ脇に人知れず佇むモニュメントがあります。目を凝らしてみると、「不意の地震に不断の用意」という草書体の題字とともに、槍を持った勇者の銅像です。擦れた刻印を読むと、関東大震災から10年経って、全国から寄付を集めモニュメントを建てたと書かれています。今年は関東大震災から88周年の年であり、その年に東日本大震災という関東大震災を大きく凌ぐ、わが国の歴史上最大級の自然災害が起きました。

 関東大震災は、大正12年(1923年)9月1日午前11時58分、相模湾北西部を震源として発生したマグニチュード7.9の巨大地震で、関東地域全域と静岡・山梨両県(1府9県)に甚大な災害をもたらしました。死者・行方不明者は10万人を超え(14万2,000人との推計も)、建物被害は、焼失家屋44.7万戸、全半壊25.4万戸を数え、被害総額は当時のGDPの4割を超える55億円から65億円にのぼったとされます。関東大震災の死者のうち87%は火災で亡くなり、これは、人口密集地の下町を中心に当時の東京市の約半分を焼き尽くす大火災が発生したことによります。

 この関東大震災は、様々な教訓を現代に遺しています。平成7年の阪神・淡路大震災の際に、ボランティアが活動し、ボランティア元年と言われ始めたことは我々の記憶に新しいところです。政府でもその後、1月17日の前後をボランティア週間として、ボランティア活動を慫慂する行事を行うに至っています。現在では災害対策基本法も改正し、ボランティアの活動環境を整備することを国・地方公共団体の責務として課すに至っていますが、関東大震災時にも、ボランティア活動が熱心に行われたのです。

 この大震災直後には、全国から、青年団という形で有志が東京に駆けつけ、被災者救護などに尽力しました。東京帝国大学の学生は、上野の山に避難した多数の被災者支援のために、学生服を着て仮設便所の穴掘りなどに携わり、それを見た周囲の人も、「帝大生が穴掘りをしているのであるから我々も参加せざるべからず」と、大いにボランティア活動が盛り上がりました。

 震災の火災の中で、周囲をすべて焼かれながら必死の防火活動の結果かろうじて消失を免れて焼け残った地域がありました。それは浅草伝法院観音堂と神田和泉町・平河町の2カ所であり、浅草の防御は、消防署に加え、消防組員の指導の下、周囲の民家の破壊に加え、住民を2列に並べて池の水をバケツで送らせ火を防ぎ、神田和泉町・平河町は、全く消防隊の援助を得ずに、住民の破壊消防やバケツ類の手送りによる注水、民間会社にあったガソリンポンプによる下水水利を得ての放水、により類火を免れました。

 この大災害の歴史から見ても分かるように、大災害時には、日本全国から、「奉仕の精神」に満ちた人々が駆けつけるものであるということと、大災害時における住民組織の防災力が如何に重要なものか、ということは、時代を超えて真実なのです。

 関東大震災、阪神・淡路大震災、そして今回の東日本大震災を見るまでもなく、自然災害、事故災害・人的災害を問わず、巨大災害は、一定の確率で必ず生じるものです。特に日本は繰り返し大災害に見舞われる宿命にあります。

 関東大震災時には「天譴(てんけん)論争」が世間を賑わせました。日本人には災害に関して諦めの意識が古来よりあり、人間の咎を天が罰したといういわゆる天譴説の是非の議論です。これに対して、菊池寛は「地震でなくなったのはブルジョアよりもプロレタリアートが多いので、天譴論はおかしい」、芥川龍之介も、「天遣論が正しいのであれば、渋沢栄一氏などは先ず先に罰せられなければおかしい」などと述べていたのです。東日本大震災で、石原都知事が、「天罰」という言葉を使い、直ちにそれを謝罪撤回したことも、歴史は繰り返す、です。

 ところで、防災にどこまでエネルギーを注ぐべきかという議論は絶えません。防災論は常に、金をかけて空振りでもよしとするか、あるいは、準備しないで大きな被害に遭うか、のせめぎ合いの様相が見え隠れします。

 東日本大震災においても、津波防波堤を村長の思い入れで15メートルに設定したために住民に津波の被害が及ばなかった村があると思えば、東京電力のように、福島第一原子力発電所の津波脆弱性が指摘されていたにも拘わらず、巨額の投資に怯んだ結果、想定外の巨大津波で原発が被災し、取り返しのつかない事態を迎えたという事例もあります。

 政府も政府です。民主党政権は、国民受けを狙った事業仕分けの中で、「いつあるとも分からないものにカネを使うことは無駄である」と公言し、防災・消防予算を大幅に切り込み、あまつさえ、政府の地震再保険特別会計を廃止するという評定を行いました。それを推奨した責任者が官邸で震災対策の陣頭指揮を執る枝野官房長官であることは何という皮肉でしょうか。

 日本国民は、こういう短期的効率性を求める考え方と長期的安全安心を確保する考え方のせめぎ合いの中で、歴史から賢明に学びそこから教訓を得る必要があります。そして、政治的選択を含め自らの選択次第で、自分を、家族を、そして地域社会を守れるのであると認識しておく必要があります。

 平成11年10月20日の皇后陛下のお誕生日に際して「この一年間を振り返って、印象に残っていることは」との宮内記者会の質問に対するご回答の中で、皇后陛下が、「今年も天災、人災による幾つかの悲しい出来事がありましたが、8月に、昨年復興を宣言した奥尻島を訪れ、同時に北檜山、瀬棚等を訪ねて、復興の様を見聞することのできたことは嬉しいことでした。最近、災害の中でも、集中豪雨が、その集中度、雨量共にひときわ激しいものとなり、犠牲者の出ていることが心配です。子供のころ教科書に、確か『稲むらの火』と題し津波の際の避難の様子を描いた物語があり、その後長く記憶に残ったことでしたが、津波であれ、洪水であれ、平常の状態が崩れた時の自然の恐ろしさや、対処の可能性が、学校教育の中で、具体的に教えられた一つの例として思い出されます」とおっしゃっておられました。

 災害対応の本質を柔和なお言葉の中で突いた至言です。昔の教科書にあったこの「稲むらの火」は、残念ながら、今はありません。私は、学校教育に防災の問題をきちんと位置づけることは、防災を単に個々人のレベルの問題として扱うのではなく、更にレベルを上げ、地方公共団体、国、更には「民族の遺伝子」のシステムとして組み込んでいくことにつながると考えています。我々の使命の一つには、「現代の稲むらの火」を探すこともあるのです。

 そして、その「稲むらの火」を個々人で発見してほしいと思います。そのためにも、今回、若い世代に、是非とも東日本大震災の教訓を実体験してほしいと心底思います。例えば、大学生はボランティアで、或いは大学のゼミ単位で被災地に赴き、自分で被災地支援を行う。そして大学当局は、国家の非常事態に大学が国家に何を還元・貢献できるかで大学の存立意義が問われると認識し、被災地の復興過程こそ生きた教材であると考え、学期の一定期間は大学の授業を休講にして、大学生の被災地支援活動を単位として認め、大学としてバックアップする気概がほしいものです。私も自ら属する大学にそのことを働きかけています。

 今回の東日本大震災は、日本民族にとっての大きな試練です。そして、この時に各人がどのように考え、行動したかが、その後の日本の行方を決めるように思えて仕方がありません。被災地の皆さまは、今回の大災害が、被災地だけではなく日本全国民が共に取り組まなくてはならない大試練だとお考えいただき、これからの戦いは決して孤独な戦いではなく、全国民が戦友だとお思いいただければ有難いと思います。供に戦いましょう!


●匿名

「困ったときは、お互い様」精神で、元気も、悲しみも、今ここにあるものも全部わけあえたらいいな。 みんな、みんなのものだよって言えたらいいな。


●大浜悦子 安曇野市三郷 ママ・どあい冒険くらぶ

「 被災地の皆さんに一日も穏やかな暮らしが戻ってくる事を心から願います。
  こんな素敵な仲間とつながっている事に心から感謝します。
  ひろがれ!安曇野の笑顔!
  ・・・・・・心穏やかに、そして笑顔で・・・・・・」


●横田ゆうわ 塩尻市 インド舞踏家

神さま、あなたは人間を そんなに弱くはお創りにならなかったと、
私は信じます。

 どんな苦難の中にあっても、深い悲しみにの中にあってもなお、
「希望」を持つ心を備えてくださったことを感謝します。
 どうか、私たちを覆う暗闇から、いのちの夜明けへと導いてください。

 小さき者も、そしてこの国を動かす任を担っている者も、
互いに信じあう世の中になることを切に願います。

 多くの亡くなった命を、のこされた私たちが引き継げますように…。
どうか、その智恵と勇気を私たちにお与えください。
それが、人間の「光」となることを信じつつ…。
神さま、そしてそれこそがあなた「お心」であることを信じつつ…。


●はすみくみこ 安曇野市三郷 ママ

不安、恐れ、連帯感、愛、感謝・・・。

たくさんの思いを味わいました。
かつてない大きな時代の節目に、みなさんとつながれていること、いかされていうこと、しみじみと感じながら・・・。

私達1人1人が光を放ちましょう!
一緒に乗り越えましょう!

私達は1つです。


●丸山あこ 安曇野市堀金

Love!


●北沢可奈子 大町市

みんなが幸せになれたらって、いつも思うよ・・・。

頑張りすぎないでください。


●北沢和也 大町市

この地震が無かったら、出会えなかった友達がいます。

この地震が無かったら変わらなかった暮らしがあります。

大変なこともいっぱいあるけど、今いっぱい”ありがとう”


●増田悦子 安曇野市三郷 ママ

大きなことはできないけれど、まわりの人と支えあい、助け合いながら、生きていくことから始めましょう。

私の暮らすまちでも・・・。
そしてあなたの暮らすまちにも・・・。

すばらしい国になります。
ありがとうございます。


●ふま ゆくりりっく

大好きなあなたが
いつも笑顔でいてくれる様に
この空の下 いつも祈ってるヨ。

一緒にがんばろう!


●西大介 安曇野市三郷 大工

今回の災害では、東北の方だけではなく、日本全体のことだと思います。
この機会に電気や生活について、もう1度見直し、みんなで心からあったかい日本にしていこう。
太陽の国、日本!!1つになろう!


●西絢子 安曇野市三郷 イラストレーター

今自分にできることを継続してゆくこと。
日々の生活を大事に感謝して過ごすこと。
日本の現状に毎日目を向けること。
沢山の想いで、何かを変えていく努力をしていこうと思います。

●田中博 茅野市 ほんわか健康村

 被災地の皆さん、皆さんにメッセージを伝えたいと思い、原稿に向かったものの何と言葉を掛けたら良いか思いあぐねています。
私は災害発生から一週間後に宮城県名取市の避難所を訪ねましたが、この時も言葉が見つかりませんでした。訪ねた事にはとても喜んでいただけて、来て良かったと心から思いましたが、どう声掛けしても言葉は空虚なものとなってしまいそうでした。
 心痛める皆様に寄り添いたいと思いながらも、余りにも非力で何も出来ず立ちすくむ自分がいます。これから御話する事は今の皆様に取って現実とはかけ離れていると思われます。わかっていないとの苛立ちを覚えられるかも知れません。そんな恐れを感じながらもあえて語る思いは皆様の未来に微かでも光を灯したいと願う心からである事を御理解いただければ嬉しい限りです。

 *亡くなられた御家族が見守ってくれています*
 私は平成十八年に家内を病気で亡くしました。昨今見えざる世界を率直に表現する事に世間は余り違和感を持たなくなって来ました。
私は何の宗教とも関わりの無い人間ですが、神棚、仏壇に感謝の心で普通に手を合わせる日々を送っている者です。家内の亡き後2~3年は特に一人になった時、先に行ってしまった家内に涙する事がよくありましたが、それでも向こうの世界から自分の傍で色々と気を揉んでメッセージを与えてくれている事を信じる自分が居ました。実際自分を導いてくれる、偶然では有り得ない様な体験がいくつも有りました。時が徐々に心の傷を塞いでくれるにつれ、そんな向こうに居る家内に感謝の気持ちと、生前より以上に一緒に寄り添う気持ちが強くなり今日に至っています。
 御家族を亡くされた方は復興の掛け声の中、皆で居る時は気が張って毅然とされて居らっしゃるかも知れませんが、1日の慌ただしさからやれやれと御一人になられた時、たまらない悲しさに見舞われるのではないでしょうか。どうか泣けるだけ泣いて下さい。心に悲しみを溜めるだけ心は悲鳴を上げます。体にも障ります。
 そして泣きはらした時、亡くなられた御家族が生きていた時よりもさらに身近で見守ってくれているのを感じて下さい。きっと今をけなげに生きる貴方にエールを送っていると思われます。

 *皆様方は今すごい事をされています。亡くなられた方は皆様方にそれをさせる為に選ばれた方々です* 
 皆様方は災害に遭われて、悲惨な状況の中、助け合いながらただ淡々と不自由な避難所生活を送られて居るのだと思われます。ただ特別意識しない中、皆様方はとても今すごい事をされています。
今回の災害が起きる前の世界の状況を思い起こして下さい。資本主義という巨大なモンスターが個々人のエゴを煽り、消費を拡大させ、物を粗末にさせ、素朴な人の心を失わせ、富と名声だけが価値ある物と洗脳してきた時代でした。一方そんなモンスターとバトルする為に共産主義という相手役モンスターも生まれました。こちらは国家と一部の指導者層を優先し、言論統制で国民を縛り上げ、公害など国民の命や健康にはお構いなく国家の威信と利益を優先するという怪物です。
実際地球はそんな地表の有り様に悲鳴をあげていました。そんな中で時代は必要に駆られて、一命を投じてくれる勇者を選びました。この役割には重要な素養が必要でした。粛々と自然の摂理に従い、悲しみの中でも秩序を失わず、助け合い、励まし合って困難を乗り切る人達です。
数千年、万年の人類の方向を正す為に選ばれた尊い方々です。100年200年のスパンでは有りません。人類が発生してから今日に至り、これ以上進めば種が生存出来るのかどうかと言う瀬戸際に選ばれた方々です。日本人で無ければ無理で有ったと思われます。また地方の助け合い精神の失われていない素朴な方々で無ければ達成出来ない役割で有ったと思っています。

今世界中が驚きと称賛の言葉を発しています。皆様の生きざまに、多くの人の心の中で価値観が根底から変わったと思われます。何が大切で、何が不用なもので有ったか。マインドコントロールが解かれた瞬間です。人を蹴落としてでも自己の利益に走る時代は終わりです。
皆様のお心の中はそんな大義名分よりも御家族を返して欲しいと思うのが本音であろうと思われます。重々承知の上です。ただ尊い命が失われた今、その死を無駄にしてはならないと思っています。尊い犠牲の上に気付きを得た私たちは、これからしなければならない事が有ります。
・一つには再びマインドコントロールに陥ってはいけないと言う事です。
・次には古くそして新しい価値観である、慈しみ、助け合いの心が最も大切な価値あるものである事を人の意識にしっかりと再定着させる事です。
・さらに資本主義、共産主義と言うモンスターは、その体内を循環する血液としてお金を生み出しました。これからの社会はお金を段階的に排す必要が有ります。実際社会が必要とする有益な事には良心的なボランティアの人達が献身的に自発的に集まるのです。何の見返りも求めず、身銭を切ってまで参加するのです。なんでそんな社会にお金が必要でしょうか。
ただし今急にお金を排せというのも無理かと思われます。私はそう遠く無い時期に現在の通貨が用をなさなくなる時が来ると思っています。混乱はもちろん有ると思われますが、その時がスタートです。今からその時を予測してビジョンを打ち立て、準備する必要があります。それがスムーズにそうした社会に移行するすべだと思っています。

飛躍していると思われる方も多い事でしょう。しかしながらお金を排さない限りやがては元の木阿弥となって行くのは目に見えています。現在の通貨が紙切れとなっても手をこまねいていれば又復活します。のど元を過ぎれば熱さを忘れるのたとえがあります。私達の悪しき習性です。今のこの災害に対する皆様の生きざまから頂いた感動をきっかけに人類はお金から卒業しなければならないと思っています。
実際、経済もきしみをあげています。肥大化したモンスターの血液が止まりかけているのです。私はそう遠くない未来に一度モンスターは倒れると思っています。経済情報を注視していれば自ずと予測されます。ある意味今回の災害はそんな肥大化したきしみが溜まって耐えきれなくなった、崩壊エネルギーの所業であると思っています。

*お金を必要としない助け合いによって運営される自給自足のコミュニティーを準備しませんか*
 これから防災その他を考慮した新たな街づくりが被災地で進められると思われます。この時もう経済復興を優先した街づくりは止めにしませんか。暮らしやすさと、安全な街づくりが経済の高度成長と相反する事を今回身に沁みて感じられた事と思われます。素朴で質素で助け合いが血液となって循環する、そして流通とお金のやりとりに依存しない自給自足型の街づくりを目指しませんか。成就した暁には、奉仕の労働によって運営される新たな世界の先駆けとなります。

*この新しい世界を描いてみます*
完成された暁の新しい世界を垣間見てみます。給与の代わりに奉仕で生活が保証される自給自足型コミュニティーを基礎とする世界です。メンバーはそれぞれが自分の得意とする事、必要とされる奉仕活動を日課とします。皆で負担すべき労働は、周り順、全員の出払いで処理されます。もはや皆が皆企業に就職しなければ生きていけない時代は終わりました。実際今就職活動は低迷し、ニートや、路上生活者が増加する傾向にあります。これらはこれまでの社会システムが間尺に合わなくなって来ている証拠と考えています。

生活物資の生産に付いてはコミュニティーで生産出来る物は、その中で生産します。原則自給自足です。他のコミュニティーとの技術的な助け合い、物資、原料の助け合いも活発に行います。富めるコミュニティーと貧しいコミュニティーが有ってはなりません。皆で引き上げます。そしてコミュニティー単位で生産出来ない物はこれを生産する工場をコミュニティーの集合体である上位の組織体の運営に委ねます。それもコミュニティーから希望者か、当番の人を送り出してそうした人達の勤労奉仕によって成り立つ工場です。製品はコミュニティーに人数割で無償分配されます。
 教育も通常の教育はコミュニティーの中で行います。専門教育のみ上位の組織にゆだね、希望者を派遣します。教育機関も勤労奉仕によって設立維持します。
 
海岸に居住しない、原発を廃棄するなどのハード面での街づくりのビジョンは勿論極めて重要ですが、今の政府や県、自治体主導で行われる復興には、思い切った改革は自ずから限定されると思います。前述のソフト面の運用で無理なく始められる事から個人レベル、グループレベルで準備を進めると良いかと思っています。
急な転換は難しくても、可能なグループからまずは食糧の自給自足型、助け合いコミュニティーを立ち上げる準備を進める事です。こうして自然発生的に徐々にコミュニティーを増やしていったり、拡大していったり、完全なものにしていったりすれば良いかと思われます。地域の全員参加は後に回して出来る方からスタートし、門をたたく人は取り込み、仲間はずれを作らず、次第に参加者を増やして行ければ良いかと思います。国籍も問わずです。国境もやがては人の意識から消し去りたいと思っています。いつかは世界中の全員参加に発展すると思っています。それまでは今の地域社会も重複させる事かと思います。
この事がこれから予測される経済の崩壊や次なる災害にも対処可能な街づくりとなります。もう救援物資が届かないと気を揉み、忍従で多数の犠牲を出しながら危機をしのぐ様な街を再建するのは止めにしようと声を大にして提案します。

 *コミュニティーのリーダーの選び方について*
 私は街や県、国政でもそうですが、これまでの時代を背景にした選挙と言うリーダーの選出方法はこれからの時代にそぐわない選出方法だと思っています。そもそもお金と名声に依存し、支持者の獲得数を争う選出方法がこれからの時代も良いと思う方は少ないのではないでしょうか。お金をばらまける人が親分となり、黒を白と言っても周りが手揉みしてついていく様な政治家派閥集団で運営される国家がまともな姿であろう訳がないのです。今の日本や世界の国々の真のリーダー不在の混迷した政治は、正に時代にそぐわなくなった歪が表面に噴き出してきた現象と捉えています。
 私の提案したいリーダーの選出方法の一つは、この指とまれ方式で、人望の有る人の所に地域を越えて集まった人達で前述の自給自足型コミュニティーを立ち上げ、その人望の有る人が自然発生的にリーダーとなるシステムです。さらにコミュニティーどうしの交流の中でコミュニティーの集合体を結成し、交流から生まれたリーダーにふさわしい人をコミュニティーのリーダー達が推挙して上位組織のリーダーとしてお願いし、それが何段か集約されて最上位のリーダーにまで至る方式です。
そこにお金は介在せず、リーダーはコミュニティーの人達と全く同じ分配による質素な生活レベルを維持します。 
 選出方法の二つ目は、グループ結成が先で、後からふさわしいリーダーをメンバーの推薦と話し合いで選ぶシステムです。
 この二つのリーダーの選び方は、リーダーの交代や大きくなりすぎた時の分割の際などを含めその時々の事情によれば良いかと思っています。
リーダーには何にも先立って高潔な霊性と人望が求められます。こうしたリーダーが核となったコミュニティーでないと、助け合いを維持して行く事は出来ないと思われます。
又信頼が失われたリーダーはその時点でリーダーでなくなります。付いていく人と離反する人が居ればコミュニティーを分割するだけの話です。自然にまとまる集合体です。ただし弱者を引き上げる事だけは常に必要です。又利権を絶対に排す必要が有ります。物資の備蓄はコミュニティーの物で個人に所属させない事です。二十世紀型リーダー選出システムから学んだ苦い経験を忘れない事が必要です。

 *自給自足型助け合いコミュニティーの立ち上げ準備として食糧確保が必要と思っています*
 皆様の生きざまを世界に示すことによって世界の意識が変わりました。何度も繰り返しますがこの後遠くない将来、前述の経済崩壊が迫っていると思っています。新しい世界の実現の切っ掛けとなるのですが、同時にその時は食糧の供給が真っ先に止まります。まずは復興の過程の中で、個々人やグループの心掛けとして、将来コミュニティー立ち上げを目指す為の準備として、まずは当面の食糧確保が必要と思われます。今回田畑が使えなくなった方が沢山いらっしゃると思われます。多くの課題を抱える皆様では有りますが、こうした事を念頭に置きながら復興に臨んで欲しいと思っています。

 以上皆様のお心に新たなユートピアが描かれましたでしょうか。危惧する所ですが、復興の為に気負いなくこれからも淡々と歩まれて下さい。私達災害を免れた者も出来るだけの支援をして行きたいと思っています。手を携えて離す事無く光のさす未来へ共に歩んで行きたいと思っています。
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