安曇野地球宿イベントブログ

地球宿が主催・共催・応援協力するイベント情報や地元観光情報のブログです。

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以下安曇野夢フォーラム主催企画
『若手世代が語る 安曇野の未来と夢』について報告します。

このブログは地球やどのイベントブログであり、
上記イベントは安曇野夢フォーラム主催なので本来なら別のサイトで報告するべきですが、
そこまで余力がないので、地球宿ブログで紹介させてもらいます。




2月12日(日)、安曇野市豊科にある学習交流センターきぼうにて、
約100名の方たちが集まり、フォーラムが開催されました。

主催者挨拶

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この国をこれからどんな社会にしていけばいいのだろう?
社会はどうすれば変えていけるのだろう?
これから自分はどう生きていけばいいのだろう?

2011年は、途轍もない災害を通じて、たくさんの人々が、
このような問いを考え始めた一年でもありました。

残念ながら、この国のことを考えてもあまりいい考えは浮かびません。
国政は余りにもひどく、私たち市民とかけ離れています。
でもこの安曇野なら、なんとか手が届くんじゃないでしょうか?

自分たちの暮らす安曇野のことを、
安曇野の人たちと一緒に考えてみよう。
そんな思いから、このフォーラムを開催します。

安曇野における、政治、教育、農業、福祉、観光、子育て、移住など
様々な分野で、既に走り始めている40代までの若手世代に登場してもらい、
安曇野のこれからと夢について語ってもらいます。

このフォーラムを通じて、安曇野の若手世代が立場を超えてつながり、
安曇野のこれからを共に考え、夢を描き出すキッカケになれば幸いです。

第1部 夢の発表 テーマ『安曇野の未来と夢』
政治、教育、農業、観光、福祉、市民活動、移住、子育て、一般枠のテーマについて、
それぞれ安曇野在住の若手実践者による発表を行った。

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発表要旨まとめ

●農業 松村暁生 三郷、農業

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ウーフ(一日6時間程度の労働力を提供するウーファーと、
3食と寝る部屋を提供するウーフホスト)のホスト農場として活動して8年目になります。
年間80~90人程度の10代後半~30代前半の若い人たちを受入れ、
農作業をしながらの生活を共にしてきました。

ウーファーとなる人たちは外国人が7割、日本人が3割程度、自分探し、
生き方探しをしている若い人たちがほとんどです。彼らとの交流を通して、
私たちもウーファーさん達も素晴らしい経験をしています。

「幸せってなんだろう」ということを純粋に考える若い人たちの話を聞けることは
私たちの生き方を常に見直す機会となりますし、
多くのウーファーたちが出発した後もこの信州安曇野を「ふるさと」・「自分の田舎」
と言うような感覚で覚えてくれていることがとても嬉しく思います。

今、市内には7カ所ほどウーフホストがあるのですが、
これは実は全国の市町村でも北海道のニセコ町・美瑛町と並んでトップクラス。
もし市内のホストが30カ所位になって、今よりもさらに大勢のウーファーさん達が
安曇野市を目指してやってくるようになれば、この地域が、ウーフと言うシステムを活用して、
この地域に住む人たちが持つ、「幸せってなんだろう」という問いに答えられる力が、
爆発的に発揮されるのではないかと想像します。

安曇野市がそんな場所になっていけばいいなあと一農業者の立場で提案致します。


●福祉 和田英三 穂高、福祉施設職員

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夢のテーマ「福祉の自給自足ができる街・安曇野」・”食の自給自足”に関心が高まる中、
私は”福祉の自給自足”というキーワードをあげました。
お金のやり取りを前提としない、”人と人とのつながり”をベースとした
地域の福祉力を高めることを指します。

これからの時代の福祉の在り方として、この考え方がとても重要になってきていると実感しています。
安曇野には、魅力的な地域の活動やつながりが沢山あります。
それぞれの人が”楽しい・嬉しい”と思える形でネットワークを広げ、
誰もが安心して生活できる安曇野を作り上げられたらと思います。

●子育て 柴田はる奈 穂高、3児の母親

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都市部より引っ越してきて、今までより子育てが楽しかった。
一時保育や、民間の託児所、ファミサポが使いやすい。
都市部では一時保育ですら利用できない。活動をとうしてお母さん同士の預けあいができる。
子供は親はもちろん、地域や社会が育てる。

1、ゆりかごを握る手は世界をも変える。
どんなに偉い人でもみんな母親に育てられている。
母親が自分の人生ををしっかりと生きること、
母親自身が力を付けて自信を持つことが一番重要だと思う。(親は子の鏡)

2、あづみのうぶごえネットワークの活動をとうして思う事は、
お料理会、勉強会など色々な活動があるが、
参加するお母さん達はみんなおしゃべりしたいんだなーとつくづく思います。
それと美味しいご飯やおやつが大好きです。
そんな他愛もないおしゃべりの中に子育ての知恵やヒントが沢山隠されている。
~指導とか~相談といった形ではなくワークショップ形式にするとお母さん達の満足度が高まると思う。
自分が話し、それを聞いてくれる方が沢山いるだけで嬉しい。

3、朝日新聞の記事から 省略

4、安曇野の未来に上記のことがヒントになるのではないかと思う。
キーワードはおしゃべりと美味しい食べものです。
安曇野の色々な所にお母さん達のコミュニティができ、
おしゃべりをして得意な事を出し合ったり、学びあったり、
それぞれの夢を語り合ったり夢が実現できる場所になればいいなあと思います。

その、コミュニティの中に近所のばあちゃんのぬか床の話があったり、
ぬかくどご飯を炊いてくれるおいちゃんがいたりして世代間交流ができたらさらにいいと思う。
そんなコミュニティがいろいろな場所にでき、
笑顔あふれるお母さん達があふれる事が明るい未来につながるとおもいます。
(コミニティのレストランとでも言いましょうか)

5、そして私の夢は助産師として、お母さん達のコミニティを作ること、
さらなる夢は大家族になること、笑顔の可愛いおばあちゃんなって家族を支えたいです。
大家族はそれ自体が世代間交流そのものです。
今から子供達に、出てってもいいから帰っておいで~とそっとつぶやいています。
そのためには帰ってきたくなる、安曇野市にしていかなくてはいけないなあと思いました。


●教育 加藤圭(三郷、小学校教諭)

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私の夢は、自己肯定できる子どもを育てること。
人生はすてきだ、と思う子がいい。根拠のない自信を持つ子。
生まれてきて幸福だ、と思う子を育てる。
そのためには、安曇野に育っている自分を肯定することが大事。

①子どもが安曇野のよさを発見し発表。子どもたちが安曇野のよさを発見し、
まとめ、パンフレットをつくる。駅、SA、観光スポット、スーパーなどで展示する。

その結果、子どもたちの心に、「安曇野に育って良かった」という心が刻み込まれる。
安曇野が好きな子どもたちは、きっとふるさとを捨てない。
諸事情で都会に出た子たちも、ふるさとを思い出す子に育てておく。
何かのきっかけで、また戻ってくる子にしておく。そのために、教員が力を発揮して、
地域に受け皿をつくっておく。

②教え子に「ふるさと安曇野新聞」を年に一度発行教え子が卒業したら安曇野新聞を発行する。
新聞には安曇野を思い起こさせ、郷愁をそそるローカルニュースが満載。
それを読むたびに、安曇野へ帰りたくなる。

③地域のコミュニティづくり。同窓生なら気心の知れた仲。
お互いに助け合う地域の仲間づくりができる。
同窓会で横の連帯を強め、お互いのニーズを聞きあい、助け合う。
安曇野のマンパワーは、安曇野のために生かす。


●移住 桑原理恵子 三郷、3.11を契機に移住

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昨年5月に東京都から安曇野市に移住してまいりました。
家族は、夫と、小学4年生、2年生、4才の三姉妹の5人家族です。
4年前に三女を出産したときに安曇野を知り、
いつか越してきたいと思いつつ数年が経っていました。

3月11日、地震があり、15日に原発の事故を知りました。
16日、家族で大分県の友人宅に避難。25日に安曇野に移動し、
4月初旬まで滞在しながら移住先を決めました。

安曇野で出産をしたのは「ハワイで産みたい」とのおもいがきっかけでした。
ここでいう「ハワイ」とは、場所としての、つまり「目に見えるハワイ」という意味ではなかった、
ということに安曇野に来てわかりました。

「目に見えないハワイ」と「目に見えない安曇野」が実はどこかでつながっているのだと感じています。
めまぐるしく移り変わる忙しい世界や原発から逃れて来た「来訪者」としてではなく、
この土地(安曇野)と強い結びつきを持って生まれて育った者のごとく、
平和で自然なサイクルのなかで、生活し、子育てし「再土着」をしたい、
そのような思いで安曇野移住を決めました。

すでに、311以後に移住して来た仲間たちともつながりをもって、支え合っていますが、
どうか、みなさま、私たち移住者の「再土着」を受け入れてくださるようお願い申し上げます。
その中で、自分の持っている特性、技を磨き、地域に貢献していきたいと考えています。

3月16日に東京を去るとき、足下が振るえ、恐れに身が縮むような状態の私を支えてくれたのは、
フラのチャント(祈りの言葉、祈りのダンス)でした。
そこには人生でなにが大切か、ということをシンプルでダイレクトに伝えるものがあります。
このフラやハワイアン(ネイティブ)の知恵を学び、伝えていくことを
この安曇野で広めていきたいという夢があります。
『安曇野ハワイ化計画』です。

このことが、私のためであり、家族のためであり、安曇野の未来のためになることだと思っています。
少しずつクラスを持ってレッスンを始めています。
興味を持たれた方はぜひ一度フラを体験してみてください。

連絡先:nonohulake@gmail.com
※ののフラ家(nonohulake)とは、夫(スラックキーギター、ウクレレ、うた)と
私(フラ)で結成したファミリーネームです。
この家には境界線はありません。
老若男女、血がつながっていようがいまいが、
猫も杓子も、月もスッポンも共に奏で、歌い、踊りましょう!


●観光 岡本由紀子 穂高、元安曇野スタイルネットワーク代表

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私は18年前、結婚を機に大阪からやってきた。
穂高有明の林の中で、夫と高校二年生の娘、中学二年生の息子、
そして犬の家族四人と一匹で、小さなペンションを営みながら、
四季 折々、安曇野での暮らしを楽しんでいる。
安曇野で暮らして何よりもよかったことは、ここで子どもを育てられたこと。
大阪の中心部で生まれ育った私から見て、
素晴らしい子ども時代を過ごしているなとうらやましく思っている。

二年前、息子が小学校六年生になる新年の夢が「焼き芋やさんになること」だった。
冗談だと思ったが、本人は本気で市民タイムスに呼びかけ、3台手に入れた。
随分傷んでいたのを修理をし、二台使えるようにした。

さつま芋は仕入れると高くなるから自分で作ろうと、私の友人の畑を貸してもらえるよう交渉。
そして農協に行き、おこずかいで苗を130本買い、農家の人に教わって植えた。
その後友達に手伝ってもらい、水やり、草取りと世話をし、
10月に収穫。窯は知り合いに作り方を聞き、飲食店で一斗缶を分けてもらい製作。
11月の安曇野スタイルのイベントの時に念願の「焼き芋やさん」を開店。
市民タイムスで紹介して頂き、たくさんのお 客さんが来てくれて200本の焼き芋を完売。
こんな夢を叶えられるのも、安曇野の魅力だ。

安曇野は、長野県、日本国内でも人気の高い観光地だといわれているが、
「観光」とはいったい何か?
語源は、中国の易経から生まれたとされ「国の光を観ること」とあり、
その意味は「他国を旅して見聞を広める」、「外国の要人に国の光を誇らかに示す」と言われている。
現代の定義で は「余暇時間の中で、日常生活圏を離れて行うさまざまな活動」とある。

私は観光の原点は、ただ単に名所や風景等の「光を観ること」だけでなく、
地域に住む人々がその地に住むことに誇りを持つことができ、
幸せを感じられることによって、その地域に 「光を示すこと」だと思っている。
そんな思いから、安曇野の魅力を多くの人に知ってもらいたいと、
8年前「安曇野スタイルネットワーク」の活動を始めた。

21世紀はこころの時代、芸術文化の時代であるといわれている。
安曇野には、その芸術文化の宝となるたくさんの人々が暮らしており、
おいしい水、澄んだ空気、新鮮な農産物、美しい自然にも恵まれてい る。
こんな素晴らしい安曇野を全国に発信したいと思った。

恒例となったアート・自然・暮らしに触れる秋の「安曇野スタイル」開催を中心に、
ネットワークが広がり、暮らしている人同士、また訪れた人と暮らしている人とのつながりも生まれ、
安曇野が素敵な出会いと交流の場になってきた。
安曇野スタイルネットワークとしての土台ができた事、活動を続けていくためには後継者を育てる事、
そして、これからより発展するためには新しい風が必要だと考え、昨年をもち、代表をバトンタッチした。

今まで「観光」というのは、各地にある観光資源を訪ねる、つまり「そこに行く」ことだった。
しかし、これからの観光は、「ただそこに行く」のではなく、
行って「何ができるか」という目的が求められている。
安曇野に来たら何ができるのか、どんな時間が過ごせるのか。
観光プラス「知的好奇心」を満たすことが必要だ。
安曇野の風習や歴史を知ってもらう、芸術に触れる、豊かな自然を体験する等、
安曇野にはそんな知的好奇心を満足させる「文化」がたくさんある。

まちづくりは人づくり、人づくりは心づくりだといわれる。
観光客をもてなし、喜んでもらうことで自分も幸せになれ、安曇野も元気になるのだと思う。
観光客が安曇野をいいところだと思うのは、そこに暮らしている人と出会ったとき。
地元の人と話して楽しかった、嬉しかった、と感動すればファンになって再び訪れてもらえる。

市民が観光への意識を高め、安曇野全体でおもてなしの質をあげること、
そして安曇野を訪れたいと思う人たちに、人生の思い出に残るようなひとときを提供することが大切だ。
そのために、具体的にどのような提案ができるのか、また文化を育て、伝えるために何ができるのか、
それが私のこれからの課題である。

いつの日か安曇野が、日本、そして世界へ発信できる21世紀の観光モ デルになることを願っている。


●一般枠 津村孝夫、三郷、農業

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Iターンの新規就農者として、安曇野市三郷小倉に移住して8年になります。
40歳。妻と1歳になる娘が居ます。
生産物は、米、エゴマ、加工用トマトが主な品目で、
すべて無農薬栽培にこだわって生産・販売し生計を立てています。
冬の間は日本酒造りの仕事にも携わっています。

私の夢は、家族が健康で、豊かな自然環境が守られ、
日々生きていることに幸せだと感じられる暮らしが続けられることです。
子どもの笑顔には、何があっても心が安らぎ、幸せになります。
目の前が常にそういう幸せの連続なら、色々な問題を思い出す暇もないでしょう。
この子の笑顔がずっと続くには、何をやったらいいのか、
ということがまず行動を起こすときの原点になっています。

今、私は二つの裁判の原告として年間何度も裁判所に足を運びます。
一つは安曇野市を訴えたもの。もう一つはあずさ環境保全という会社を訴えたものです。
前者は近隣住民を中心に、240名もの原告が安曇野市を訴えたもので、
市がある業者に出した廃棄物処分業の許可を取消せというものです。
後者は近隣住民の了解なく建設を進め、
操業を始めた廃棄物処理業者の操業を止めさせるというものです。

そもそも裁判というもので、司法の場に訴えるということは、
一般市民に馴染みのあるものではありません。
自分の人生にこういうことに時間とエネルギーを費やすことになるとは夢にも思っていませんでした。
色々考えなければならない問題が重なっています。

この裁判にまでいたった問題に当たっては、まずきちんとした業者に許可を与える仕組みになっていない
行政の問題があります。自分たちの暮らしは自分たちで守っていかなければ、
誰かが保障してくれるものではないということです。
これは地方自治の根幹の部分ともいえるかと思います。
行政に任せておけば何とかなるんじゃないかという考えでは、
暮らしは守れないし、行政も前には進めません。

この問題に関わるようになって、行政や議会のことについて考えさせられる機会が多いです。
そもそも合併前の三郷村時代のことです。
地域住民の理解を得ることなくして業者から申請書があげられていたわけですが、
それをチェックする機能はありませんでした。
不可解なことに「建設を進めるように」という内容の助言まで添えて、
県に書類が上げられていました。
その後の住民の努力によって明らかになってきた業者の問題点は、
法的な問題も含め、県や市の行政にも訴えてきましたし、
議員にも何度も説明してきましたが、県も市も業者の操業を認めるということになり、
現在の二つの裁判に繋がっているわけです。

裁判費用もかかります。市民のなけなしのカンパによって何とかやりくりしています。
書類を集めたり、分析したり、弁護士と打ち合わせをしたり、住民の会議を開いたり、
勉強会を開いたり、みんな仕事を持ちながら時間を割いて、持ち寄りで頭を寄せ合って、
何とか自分たちの暮らしを守らなければならない、という一心で7年間もやってきています。

これは本当の地方自治の基本の姿勢だと感じます。まさに民主主義の実践です。
北小倉という区に移住してよかったなあと感じています。
本来、行政はこういう地域にこそ学ぶべきところだと思いますが、
逆で、ああいう地域には係わるなという話が各所で出ていたことが分かっています。
何故そうなってしまうのでしょうか?

「安曇野市を考える市民ネットワーク」というものが立ち上がりつつあります。
私が取り組んでいる廃棄物業者の問題だけではありません。
今、安曇野市で解決しなければならない問題を、市民の目線で考えて、情報を共有し、
前に進めていこうとする仲間作りが始まっています。

本当に必要か、というところからの議論なくして進んでいる新市庁舎建設の問題もあります。
市の最終処分場建設の問題もあります。
行政や議会には私たちの暮らしを良くしていくために日々働いてもらっているわけですが、
市民自らが、私たち自身が、行政や議会を監視し、
意見するという行動なくしては本当により良い方向に向かっていくものではありません。

政党や会派・派閥や、その他宗教や思想信条に関わらず、私たちの暮らしをより良くし、
子や孫の代まで責任が持てる政策実現のために、今、私に出来ることは何かを、
皆さんと共に考えたいと思っています。
議会でも行政でもない独立したもう一つの市民のネットワークつくりです。

設立総会が26日に穂高の禄山美術館内の研政ホールで午後2時より行います。
是非参加していただきたいと思います。


●政治 甕裕一 豊科、県議会議員

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●市民活動 田村恵子 豊科、様々な市民活動

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北アルプス常念岳バックの菜の花畑、素晴らしいと思いませんか?
この景色が大好きで、パソコンの壁紙にも名刺にも使っているんです。

これは、三郷の耕作放棄地をお借りして、菜の花を咲かせました。
このあと種を収穫して油を搾って、これがまた美味しい油なのですが、
そんな活動をしているnano花隊というグループの副隊長もやっています。

教育委員会のお仕事も少しだけさせていただいていますが、子育てや環境、
福祉関係の市民活動で忙しい毎日を過ごしています。
所属団体がいくつあるのか、自分自身でも把握していません。
環境関係では、環境基本計画推進会議、地球温暖化防止実行計画検討会議、
環境市民ネットワーク、安曇野百選プロジェクト、nano花隊、ふるさとづくり応援団、
チームみさとファーム、中信環境教育ネットワーク等等、
新しいところでは、今週水曜日に設立総会を迎える『自然エネルギーネットまつもと』
にも参加することになっています。

自分自身が今考えると不登校で大学をやめ、ひきこもった経験もあることから不登校支援や、
子育て関係の活動もしています。カウンセラーの資格を取得、不登校を考える県民のつどい実行委員会、
CAP、コーディネーショントレーニング、ほか、時々小学校の授業などにもおじゃましています。

読み聞かせでは、保育園や小学校におじゃまして、こちらが癒されて帰ってきています。
きっかけは、生協コープながのの組合員活動でした。
突然電話がかかってきて、来年役員だからね…と、
下の子をおんぶしてコープ委員長というのをやりました。
知人も親戚もない信州で、これから子育てしていくのには、
手伝ってくれる人を見つけないと…という気持ちもあったのかもしれません。
鳥でいうと、カッコウのような、托卵作戦ですね。

豊科町でまちづくり推進係というのが出来て2年目だったでしょうか「まちづくり楽習塾」
の新聞記事を見つけ、子ども連れでも参加できますか?と窓口に聞きに行き、
あたたかく迎え入れていただいたのが、まちデビューでした。
その時からお世話になっているのが、市民活動コーディネーターの細川さんだったり、
豊科支所の地域支援の奥原さんや宮沢さんです。

そこから、いろいろと活動が広がり、食生活改善推進協議会では、
豊科じゅうに私のお母さんみたいな方がいっぱいできました。
ふるさとはどこ?と、聞かれて子ども達は「安曇野」と言えてうらやましく思います。
その、ふるさと安曇野が、美しい環境で住みよい地域であってほしいという願いもあります。
子ども達が大きくなって大人になった時に、
「どうして、お母さんはこんな安曇野にしちゃったの」と言われないよう、
「安曇野に生まれて住んでいてよかった」と言われるよう、そんな気持ちもあります。
そして、子ども達がいきいきと笑顔で暮らせる、安心して成長していける、
安曇野がそんなまちになるといいなと思っています。

私のキーワードは『いきあたりばっちり』です。
こちらに来たのも、結婚したのも、家を建てたのも、実は偶然の積み重ねでした。
計画性のまったくない、いきあたりばったり状態ですが、まぁ、結果オーライでいいじゃないかと。
それが『いきあたりばっちり』です。

昨日、伊那市で映画「アンダンテ~稲の旋律~」というのを見てきました。
ひきこもりの女性が農業をしている男性と出会って、社会復帰していくという内容でしたが、
その中にこんな言葉が出てきました。
駅のホームに張ってあったのですが「卵を割らなければオムレツはできない」。
そして、一歩を踏み出す時にその女性、千華さんが「私は卵を割りに来ました」と言うんですね。
駅長さんが「きっと美味しいオムレツができますよ」と答えた、その優しさというか、
なんともいえないあたたかい言葉が、千華さんの勇気を百倍にしたと思います。

飛び出る杭は叩かれるとも言いますが、いいじゃないですか、ひとつひとつ卵を割っていって、
美味しいオムレツや卵焼きや、スクランブルエッグを作り続ければ、笑顔いっぱいの食卓、
イコール笑顔いっぱいの安曇野になるような気がしています。

こうして、いろいろな市民活動をしていると、ネットワークが多様になり、
そのネットワークがネットワークを生んで、新しい活動が生み出されてきます。
今日いただいた発表の場もそうですが、このあとのワールドカフェや懇親会で、
また大勢のみなさんとお知り合いになり、新たなつながりが出来ていくのを嬉しく思っています。

信州は単身で7か月だけの予定だったのが、ついのすみかとなり、
こんなに大勢のみなさんと知り合うことが出来、交流させていただくことが現在できている、
それが市民活動の原点なのかな…と、まとめながら思い直しました。


第2部 グループ別トークセッション

参加者も交え、興味関心ある分野・発表者のもとに分かれ、各自の意見・夢を出し合った。
その後、全体の場で感想発表しあった。

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参加者アンケート 回答数16

●本企画への感想
・Uターン組みの見方としては、安曇野は比較的保守的な、粗野な印象を持っていました。
 特に大勢の年寄りが力を持っている。。。
 それに対して、今回はIターンの方が多く夢や活動をいきいきと語られていたと思います。
 土着的な利害関係のないところでのさわやかな内容に、どちらかというと私はほっとしました。
 一方で、土着系とIターン系の二極化を感じました。
 安曇野の未来については、今度は両者のセッションがあるといいかもしれませんね。(豊科、40代、男性)

・小さいながら良い企画だった。(穂高、50代、女性)
・若い世代の実践発表は素晴らしい。但し、もっと広範に知ってもらうため、USTREAM中継を絡めるべき。
 (豊科、50代、男性)

・「実年世代が語る 安曇野の少ない未来とかすかな夢」。「老人世代が語る 安曇野での最後の一滴」。
 パロディーですがやれたら面白いのでは。(穂高、60代、男性)

・大変有意義だった。定期開催して、良い結果発表の場になっていけばいい。
 1年1回では足りない。(三郷、40代、男性)

・次世代の絆を深めるという意味で非常に良い企画。(豊科、40代、男性)

・毎年1回は開催してほしい。(穂高、60代、男性)

・若者を引き込む方法を考えなければ。企画は素晴らしいのだが。(三郷、40代、男性)

・有意義な話ばかりだった。途中抜けて残念。(三郷、40代、男性)

・主にアイターン者の視点で安曇野を再発見できて良かった。(安曇野市外、30代、男性)

・たくさんのことを収穫・吸収することができた。
 改めて自分の夢について方向が決まった。(安曇野市外、20代、女性)

・多くの骨ある活動をやってる方の話を少しづつ聞けるスタイルが素晴らしい。
 アイターン以外の方の意見をもっと聞きたかった。(安曇野市外、40代、男性)

・ジャンル別に分けてあって面白い。(安曇野市外、30代、男性)

・みなさんの活動内容、夢を聞き、安曇野の素晴らしさを知ることができた。(長野県外、30代、女性)

●自分の夢
・理系開発の会社員という立場では、なかなか皆と共有する部分が少なく、話しづらいものです。
 地域社会という意味でいうと、すっかり寂しくなった商店街や駅前と、
 いわゆる田畑が有機的につながって、心地のよい、美しい町に変えていけないかなと思っています。
 (豊科、40代、男性)

・地域の潜在能力を引き出す触媒の役割を力強く果たすこと。(豊科、50代、男性)

・里山再生の森作りと後継者育成(穂高、60代、男性)

・縦・横両方のつながりを深める立場で活動する。(三郷、40代、男性)

・必要最小限のお金と可能な限りの努力で楽しく生活できる世の中にしたい。
 発達障害・認知症等があっても、懐深く受け入れ、どの人もかけがえない人と扱われる社会にしたい。
 (豊科、40代、男性)

・若者が子どもたちが、自分の夢を臆さず語れ、自分を好きな、安曇野を好きな子供たちを育てる。
 (三郷、40代、男性)

・ウクレレ&スラックキーギターで安曇野ハワイ化計画(三郷、40代、男性)

・アイターン者と従来の地元民とをリンクさせ、相乗効果を狙う。(安曇野市外、30代、男性)

・農業、昔からの知恵の収集。(安曇野市外、30代、男性)

・栄養教諭になること。今の子どもたちと共に成長し、食の面から支えて行きたい。
 大自然の地元で家族で過ごしていくこと。(安曇野市外、20代、女性)

・大きな家族意識の町づくり(安曇野市外、40代、男性)

・海外も含めていろんな出身、バックグラウンドを持つ人たちの多文化共生のモデル社会に
 安曇野がなることに貢献したい。(安曇野市外、40代、男性)

・半農半X((長野県外、30代、女性)

●現市政への意見
・私の住む街中では、空き家が目立ち、町の美しさや快適性、活気などが失われています。
 もっと人が訪れたくなるような、若手主体の新しい自発的な街づくりを促進していただきたいと思います。
 また、かつての残骸のようなインフラの整理や交流の場の提供が必要だと思います。(豊科、40代、男性)

・全く新しい発想が欲しい。ハコモノ、既得権などの時代は終わっている。市民の中に知恵が眠っている。
 耳を傾けて欲しい。安曇野が全国に先駆けて変わっていきましょう。(穂高、50代、女性)

・市役所職員がもっと現場に出て歩くこと。地域担当制の導入。(豊科、50代、男性)

・意見を言っても聞く耳を持たぬ行政と議会。顔を変えなければダメ。(穂高、60代、男性)

・住民の声が届かないのは変ですね。(三郷、40代、男性)

・安曇野市の福祉は素晴らしい。「ほっぷライフ」のような活動は長野県一です。
 福祉や人のつながりを大切にしてできる市政、弱い者への優しさを発揮できる市政をお願いしたい。
 力のある者の利権で動くような市政とは決別して頂きたい。(豊科、40代、男性)

・便利を追い求め、金を注ぐのはもういい。安曇野らしい、ちょっと不便でも素敵な暮らしがしたい。
 もっと市民の意見を聞くべし。(三郷、40代、男性)

・税金を無駄に使わないで欲しい。(三郷、40代、男性)

・子どもが遊べる場所の確保。世代間コミュニティの作成支援。(安曇野市外、30代、男性)

・現在ひつじ屋さん(穂高駅前)がやっている様な観光情報の提供の場があると助かる。
 (長野県外、30代、女性)

・全国の見本となる町づくりを(安曇野市外、40代、男性)

・松本と比べると行政の方が若く、フットワークが軽くていいと思う。
 合併して難しい面が多いと思うが、内輪もめせずに頑張ってほしい。(安曇野市外、40代、男性)

●安曇野市の未来について
・自然と芸術が融合し、そこに人の活気があふれるような楽しい生活空間が日常にあればと思います。
 また安曇野市は昔的な感覚だと分散している印象がありますが、
 統一感のある美しさが出せればいいなと思います。(豊科、40代、男性)

・エネルギー、農業、福祉などあらゆる分野で市民の知恵を結集したモデル田園都市になること。
 自給自足で安心して暮らせるコミュニティを地域に作る、蘇らせる。(穂高、50代、女性)

・1、景観重視の行政 2、地下水保全の制度化 3、半農半Xのモデル地域
 4、安曇野環状鉄道の整備(豊科、50代、男性)

・まず人を育てる。そして声を出そう。(穂高、60代、男性)

・民が変えていく。(三郷、40代、男性)

・成長主義とは決別した政治を願いたい。(豊科、40代、男性)

・議会は日当制に、議員定数20人に、職員給与は20%減にして借金を無くすべき。(穂高、60代、男性)

・世代、性別、職業に関係なく関われてたの地域がうらやむような安曇野市に。(三郷、40代、男性)

・人がなるべく長く現役で働けて楽しく生きられる地に。(安曇野市外、30代、男性)

・美しい自然を守っていくこと。広く開かれた多文化共生の場所を目指すこと。(安曇野市外、40代、男性)



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発表してくれたみなさん、スタッフのみなさん、
参加してくださったみなさん、本当にありがとうございました。
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