安曇野地球宿イベントブログ

地球宿が主催・共催・応援協力するイベント情報や地元観光情報のブログです。

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春の子育て談話室が開催されました。
参加者30数名。
自分の心の内を訪ねていくような、
そんな心に向き合う場にもなっています。

メインスピーカーのK先生の話は、会を追うごとに弁舌軽やか、
笑いの中にも本質的なテーマが参加者に投げかけられました。

メインテーマ
『叱らない子育て』

以下、僕の会に参加してみての感想。



K先生は、自身のクラスでなんと2年間も子どもたちを叱らずにやってこれたのだという。

叱れない、のではない。
叱らない、のだ。もっと言えば、叱る必要がないのだと言う。

叱らない、と聞いたら、子どもたちはちゃんと言うことを聞くのだろうか?
とか、
クラスはちゃんとまとまるのだろうか?

と心配になる。
また時と場合によっては、しっかりと叱ることも必要なのではないか?
という疑問だってある。

そんな心配をしてしまうのは、そうやって子どもをしつけてきたから。

強く叱れば、その内容だけでなく、小さい子供は威嚇され委縮してしまうだろう。
事の本質は、そんな要素を一切なしにして、相手の胸に心に届かないのだろうか?

これは学校の先生だけでなく、子育てをしている親、
そして子育てだけでなく、会社での上司と部下、夫婦などの人間関係でも共通音テーマだ。

叱らない、ことが正解だと言いたいのではない。
威嚇して、委縮させて、相手がこちらの希望とおりのことをやったとしても、
意味がない。

本当にやりたいのは、特に子育てでは、子どもと通じ合うこと。
親の思いが子どもに通じ、子どもの思いが親に通じる。

そのためには、叱るという行為は時に別のものを混じらせてしまう。

叱るという行為で簡単に手軽に事を収めてしまわずに、
子どもとじっくり話すことをしてみようではないか。

でも一方で、僕は親父に叱られて育った。
親父は普段は叱らなかった。
ただし、ここ一番、僕がおかしなことをした時、おかしな物言いをした時、
きっちりと叱ってくれた。
威嚇されたという印象はない。

親父の言いたいこと、物の道理や本質が僕に届いた。
それは時に突き刺さるような痛さで。

このテーマ、もっと考えていきたいものだ。




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